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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)13251号 判決 1998年9月29日

原告

西口裕之

被告

西村幸洋

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金四〇九万三五〇九円及びこれに対する平成五年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告運転の普通貨物自動車に被告運転の普通貨物自動車が追突して原告が負傷した事故について、原告が被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠により比較的容易に認められる事実を含む)

1  事故の発生

左記交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成五年九月一一日午前五時五〇分頃

場所 大阪府吹田市尺谷中央自動車道西宮線名神上り五一六・一キロポスト先路上(以下「本件事故現場」という。)

事故車両一 普通貨物自動車(名古屋八八せ二四〇八)(以下「被告車両」という。)

右運転者 被告

事故車両二 普通貨物自動車(泉四五さ三〇二九)(以下「原告車両」という。)

右運転者 原告

態様 原告車両の左後輪がパンクしたため、左車線に寄り、減速徐行中、被告車両が原告車両後部に衝突した。

2  原告の傷病

原告は、本件事故により、頸椎椎間板症、頸髄損傷(不全型)の傷害を負い、平成七年五月一一日、症状固定に至り、自賠責保険に用いられる後遺障害別等級表一四級一〇号に該当する後遺障害を残した。

3  損害の填補

被告は、原告に対し、本件事故に関して合計七二〇万九八七三円を支払った。

原告は、本件事故に関し、自賠責保険から七五万円の支払を受けた。

二  争点

1  事故態様(被告の過失、原告の過失)

(原告の主張)

被告は、原告車両が左後輪のパンクのため、左車線に寄り、ウインカーを点滅して減速徐行していたのであるから、前方を注視し、被告車両を徐行または右車線に寄せるなどして原告車両との追突を回避する義務があるのに前方注視を怠り、漫然と時速約八〇ないし一〇〇キロメートルの速度で進行し、原告車両との距離が八・四メートルになるまで気づかなかったため、本件事故が発生したものであって、被告には民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

原告は、左後輪がパンクしたことに気づいた後、いったんは路側帯に寄せて止まったが、その近くに電話がなく、高速パトロールに連絡できず、また、止めた路側帯の幅が狭かったため、いつまでもそこに停車しておくことは危険であり、低速で走行しながら近くの吹田インターへ降りた方が安全であると判断し、徐行したものである。徐行に際しても、左車線に寄り、ウインカーを点滅し、後続車に合図をしていたのである。したがって、原告は、緊急時における危険回避のための適切な措置をしており、過失は存しない。

(被告の主張)

本件事故は、被告が、吹田インターで降りるために追越車線から走行車線に車線変更したところ、原告車両が低速度で走行していたため、原告車両に追突したというものである。本件事故が起きた高速道路の法定の最低速度は時速五〇キロメートルであるところ、原告は時速二〇ないし三〇キロメートルで走行しており、法定の最低速度を遵守せずに右道路を走行して被告車両の走行を妨害した過失がある。原告としては、本件のようにパンクした場合には、路側帯に待避して通常の走行ができる状態に修理してから走行するか、路側帯を歩行して非常通報電話(一キロメートルおきに設置されている)を利用してレッカー車等の到着を待つべきである。なお、本件事故現場付近の路側帯の幅員は二・二メートルであり、原告車両の幅は一・六一メートルであるから、路側帯には原告車両を停止させておく十分な幅員がある。また、原告は、左車線に寄せていたとはいえないし、ウインカーを点滅させてもいない。原告の過失割合は七〇パーセントを下らないというべきである。

2  損害額

(原告の主張)

(一) 治療費 一六八万六五七八円

(二) 入院雑費 六万六三〇〇円

1,300×51=66,300

(三) 付添看護費 一二万円

全日看護 4,500×10=45,000

半日看護 2,500×30=75,000

(四) 交通費 三八四〇円

(五) 装具費 九三六五円

(六) 休業損害 六一六万三一六八円

(七) 後遺障害逸失利益 一四五万六三四二円

後遺障害一四級、労働能力喪失率五パーセント、喪失期間一〇年

10,044×365×0.05×7.945=1,456,342

(八) 入通院慰謝料 一三三万円

(九) 後遺障害慰謝料 八〇万円

(一〇) 弁護士費用 三七万円

(被告の主張)

不知。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1について(事故態様)

1  前記争いのない事実、証拠(甲一二、一三1ないし4、乙一、一五、一六、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、大阪府吹田市尺谷中央自動車道西宮線名神上り五一六・一キロポスト先路上であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。本件事故現場の道路は、ほぼ直線の片側二車線の高速道路(以下「本件道路」という。)であり、前方の見通しを妨げるものはなく、本件事故当時、路面は乾燥しており、進行方向左側から、路側帯、走行車線、追越車線、中央分離帯と区分され、その幅員は、本件事故現場付近では路側帯二・二メートル、第一車線・第二車線各三・七メートルであった。最高速度は時速八〇キロメートル、最低速度は法定の時速五〇キロメートルとされていた。

原告は、平成五年九月一一日午前五時五〇分前頃、原告車両を運転し、本件道路の西行車線の走行車線を時速約七〇キロメートルで走行していたところ、左後輪がパンクしたことに気づき、一分ほどしてから路側帯(幅員約一五〇センチメートル)に寄せて止まり、スペアタイヤがあるかどうか確認したが、スペアタイヤもパンクしていた。高速パトロール等に連絡しようとしたが、携帯電話もなく、近くに非常電話も見つからず、止めていた路側帯の幅が狭かったため、いつまでもそこに停車しておくことは危険であるから、低速で走行しながら数百メートル先の吹田インターで降りてから修理した方が安全であると判断し、走行車線のやや左寄りをハザードランプを点滅しながら時速二〇ないし三〇キロメートルで走行した。

他方、被告は、被告車両を運転し、時速八〇ないし一〇〇キロメートルで追越車線を走行していたが、吹田インターで降りるために別紙図面<1>地点で追越車線から走行車線に車線変更を開始したが、約五二・四メートル走行した同図面<2>地点で原告車両が低速度で前方約八・四メートルの同図面<ア>地点を走行しているのを発見し、ハンドルを右に切るとともに急ブレーキをかけたが間に合わず、同図面<×>地点で原告車両に追突した(右追突時における被告車両の位置は同図面<3>地点、原告車両の位置は同図面<イ>地点)。被告車両は同図面<4>地点に停止し、原告車両は追突の衝撃で左側斜面に乗り上げ、同図面<ウ>地点に転倒した。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故は、被告が、追越車線から走行車線に車線変更するに際し、走行車線を先行している原告車両の動静に注意しつつ進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠ったまま漫然と走行した過失のために起きたものであると認められる。

しかしながら、他面において、本件事故現場付近においては、吹田インターで降りるために追越車線から走行車線に車線変更する車両が予想されるところ、高速度の走行を前提とする高速道路上において走行車線上を低速度で走行している場合には追突事故が発生する危険性が相当程度存するというべきである。したがって、原告としては、パンクに気づいてから一分程度も漫然と走行することなく、一キロメートルおきに設置されている非常通報電話付近で停止し、これを利用してレッカー車等の到着を待つか、仮に付近に非常通報電話が見つからないために走行するというのであれば、故障車である原告車両としては、走行車線ではなく前方を注意しながら路側帯を低速走行する方が望ましかったというべきである(本来、路側帯を走行することが許されないことはいうまでもないが、走行車線を時速五〇キロメートルに達しない速度で走行することも許されていないのであって、故障車はできるだけ早く本線外に移動すべきであるとされていること、本線上では高速走行が前提とされていることにかんがみると、路側帯を低速走行する方が事故発生の危険性は少ない。)。

よって、本件においては、前認定にかかる一切の事情を斟酌し、原告に生じた損害につき一割の過失相殺を行うのが相当である。

二  争点2について(損害額)

1  傷病・治療経過等

証拠(甲二、三、五、乙五ないし八、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

原告(昭和四五年二月一一日生、本件事故当時二三才)は、本件事故当日である平成五年九月一一日、茨木医誠会病院に中心性頸髄損傷、頭部外傷、眼振、ストレス性潰瘍の傷病名で入院した。項部痛、左手異常知覚があったが、右上肢に障害はなく、握力は右三〇、左一二であった。その後も両側手の違和感を訴えていたが、徒手筋力検査は正常であった。同月二五日の時点は、主訴は、頭痛(中程度)、両側上肢の違和感であり、このときから複視が認められ、眼振が認められた。同月二八日施行のMRI検査では、C五から七に脊柱管狭小化があるが、脊髄の圧排はなく、保存的加療の方針が採られた。同月三〇日施行の脳CT検査では異常はなかった。

原告が大阪警察病院での治療を希望したことから、茨木医誠会病院に入院中の同年一〇月七日及び同月一二日、大阪警察病院整形外科で診察を受けた。右七日の受診の際、主訴は両手のしびれであり、両示指等の痛覚鈍麻、腱反射は両上下肢軽度亢進、病的反射はなかった。X線検査では、C五/六椎間板の膨隆が認められ、同病院脳神経外科へ紹介された。紹介の際の所見としては、傷病名は頸椎捻挫、現在両上肢の知覚異常、頸部痛が認められるが、特に顔面等には問題なく、整形外科としては特に問題ないと思われるとされた。右一二日の脳神経外科の検査でも、頭部X線写真に異常は認められず、また、眼振なく、三叉神経、顔面神経に異常なく、深部反射も正常範囲内であった。その結果、大阪警察病院は、茨木医誠会病院に対し、原告の傷病につき、頸椎捻挫、C五/六椎間板損傷と診断したこと、症状の進行なく、また軽微であるので、当分の間保存療法を行いたいことを報告した。そして、茨木医誠会病院を同月三一日に退院した。

その後、原告は、大阪警察病院に通院したが、平成六年二月二四日には、医師から軽作業を勧められ、同年一一月一五日には、MRI検査の結果、椎間板の膨隆が小さくなっているとされ、軽スポーツを許可された。結局、最初に診断を受けた平成五年から一〇月七日から症状固定日とされた平成七年五月一一日まで実日数二九日の通院をした。通院の頻度は、おおむね月に一日か二日程度であった。

大阪警察病院の垣内医師の平成六年四月二五日付及び同年一〇月六日付の各診断書によれば、原告の就業が全く不能な期間は平成五年一〇月七日から同年一二月二〇日とされている、

右通院期間中の平成七年三月二五日、建築現場で仕事中、足を踏み外し、右足関節挫傷、右第五中足骨々折等の傷害を負った。

そして、同医師は、平成七年五月一一日をもって原告の症状が固定した旨の診断書(診断日平成七年四月一三日、診断書発行日同年五月二六日)を作成したが、同診断書によれば、傷病名として、頸椎椎間板症、頸髄損傷(不全型)が掲げられ、原告の症状として、頸椎前屈時に痛み増強、両手指の母指・示指に知覚低下ありとされ、握力は右二二、左二五とされている。また、同医師は、平成七年五月二六日付の診断書において、MRI検査上、脊髄への圧迫はないとしている。

自算会調査事務所は、原告の後遺障害につき、自賠責保険に用いられる後遺障害別等級一四級一〇号(局部に神経症状を残すもの)に該当すると判断した。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  症状固定時期、後遺障害等級

前認定事実に照らすと、原告の症状は、平成七年五月一一日に固定し、その後遺障害は、自賠責保険に用いられる後遺障害別等級一四級一〇号(局部に神経症状を残すもの)に該当すると認められる。

なお、被告は、原告が平成七年五月一一日以前から自動車やバイクに乗車しており、また、オートレースにも出場しているから、もっと早期に症状固定していたはずであるとの主張をする。しかし、原告がオートレースに出場していたと認めるに足りる証拠はなく、原告が自動車やバイクに乗車していた事実は認められるが(乙四、原告本人)、これらの事情から直ちに症状固定日を前にずらすことはできない。

3  損害額(過失相殺前)

(一) 治療費 一六八万六五七八円

原告は、本件事故による傷病の治療費として、一六八万六五七八円を要したと認められる(甲一一、弁論の全趣旨)。

(二) 入院雑費 六万六三〇〇円

原告は、本件事故による傷病の治療のため、五一日間入院したから(甲二)、一日あたり一三〇〇円として合計六万六三〇〇円の入院雑費を要したと認められる。

(三) 付添看護費 認められない。

付添看護を要したことを認めるに足りる証拠はない。

(四) 交通費 三八四〇円

原告は、本件事故による通院交通費として、三八四〇円を要したと認められる(乙一四1ないし4、弁論の全趣旨)。

(五) 装具費 九三六五円

原告は、本件事故のため、装具費として、九三六五円を要したと認められる(乙一三)。

(六) 休業損害 四〇六万九八二八円

前記争いのない事実、証拠(甲四1ないし3、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、ハーバーアート防水事業所で防水の仕事に従事し、一日平均一万〇〇四四円の収入があったものと認められる。

そして、前記1の認定事実(通院状況、医師の指示内容・診断内容、賞状固定時における後遺障害の内容・等級等)に照らすと、原告は、本件事故により、<1>本件事故日である平成五年九月一一日から同年一二月二〇日までの一〇一日間は完全に休業を要する状態であったが、<2>同月二一日から症状固定日である平成七年五月一一日までの五〇七日間は平均して六〇パーセント労働能力が低下した状態であったと認められる。

以上を前提として、原告の休業損害を算定すると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 10,044×101+10,044×507×0.6=4,069,828(一円未満切捨て)

(七) 後遺障害逸失利益 六五万三二九一円

前認定のとおり、原告の後遺障害は、自賠責保険に用いられる後遺障害別等級一四級一〇号に該当するところ、右後遺障害の内容に照らすと、原告は、右後遺障害により、その労働能力の五パーセントを症状固定時から四年間喪失したものと認められる。

本件事故当時における原告の収入が、一日あたり一万〇〇四四円であることは前認定のとおりである。

そこで、右収入を基礎に、新ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して、後遺障害による逸失利益を算出すると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 10,044×365×0.05×3.564=653,291(一円未満切捨て)

(八) 入通院慰謝料 九〇万円

原告の被った傷害の程度、入通院日数等の諸事情を考慮すると、右慰謝料は九〇万円が相当である。

(九) 後遺障害慰謝料 八〇万円

原告の前記後遺障害の内容及び程度を考慮すると、右慰謝料は、八〇万円が相当である。

4  損害額(過失相殺後) 七三七万〇二八一円

以上掲げた原告の損害額の合計は、八一八万九二〇二円であるところ、前記の次第でその一割を控除すると、七三七万〇二八一円(一円未満切捨て)となる。

5  損害額(損害の填補分を控除後) 二七万一五七四円

原告は、被告側から本件事故に関し、合計七九五万九八七三円の支払を受けているから、これらを前記過失相殺後の金額七三七万〇二八一円から控除すると、残額は存しない。

6  弁護士費用 認められない。

右のとおりであるから、相手方に負担させるべき原告の弁護士費用は認められない。

三  結論

以上の次第で、原告の被告に対する本訴請求は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

交通事故現場見取図

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